遠浅の死海。

文字の海に溺れて死にたい。幸福の国。

成就しなかった初恋は呪い。

僕の初恋は16歳。

高校一年生の時。

 

今ままでの人生で、僕が「恋をした」と言えるのはこの一度きりだ。

それから【告白】という神風特攻をしたのもこの時、あの一度だけ。

 

相手は同学校の先輩。

2つ年上のバトントワリング部の女性。

 

ベタな比喩だけど花に例えるなら”ひまわり”のような人で、

僕だけではなく学校中の男子の憧れのマドンナさんだった。

 

先輩を初めて見たのが入学式の日。

バトントワリング部のパフォーマンスタイムの時。

 

20名以上の部員さんたちが同じ衣装で舞っていた。演目は、忘れた。でも先輩は、その中で誰よりも目立ってて、キラキラしてて、かわいくて、美しくて、絶対的な存在感だったことは憶えてる。このパフォーマンスで新入生男子のほとんどが「あっ..」と思ったことだろう。

 

その日から一年間。僕は、人生で初めての”フィクションではない痛み”を味わい続けることになる。リアルな青春は誰にとっても命がけだ。

 

...と。

 

もしもフィクションの恋愛ドラマであれば、ここから何かしら超ラッキーなイベントが発生して、そこから先輩とお近づきになり、でも最初は後輩・友達の一人としてしか認識されず、それでも僕の先輩に対する想いは日々つのっていき、ある日先輩が何かしらで落ち込んでいる隙を狙い、真摯に相談を受け、問題が解決した頃を見計らって、今ままで秘めてきた想いを伝えるが、「急にそんなこと言われても..」と、受け止めてもらえず、一度はフラれ、お互い連絡を取らなくなり、数年が経ち、やがて社会人になり、お互いに別々の恋人ができ、それぞれの道を歩んでいく、はずだったが、僕も先輩もその恋人となんとなくマンネリ化してきて、ある日僕は休みの日に、なぜかふと母校に行ってみたくなり、卒業式シーズンの頃、春用の淡いコートを羽織ってあの高校に向かう、と、そこには見覚えのある姿があって、それは大人になった先輩で、僕はしばらく息が止まっていたことにも気づかないくらいわけのわからない感情に全身がおかされていくのを感じながら立ち尽くす以外なにもできないでいたら先輩もこちらに気づいてお互い「あっ..」ってなって、世界の時間は一瞬だけ完全に停止した、なんて思っていたら「◯◯◯くん?」って云われて、「はい」って言って、それから何を話したのかは全然憶えてないけど、今度の日曜日に二人で動物園に行くことになったらしいことを、家に帰ったあとに先輩からのラインで知って、あわーっ!てなって、そこからはもう皆さんのご想像にお任せしたいところなんですが、というか大筋は皆さんのご想像通りの展開になると思うんですけど(だってこれはフィクションだから)、だからとりあえず約束通り動物園に行って、かわいーねー、くさいねー、おおきいねー、かふんしょーだいじょーぶー?とか言い合いながら一日を過ごし、帰り際に「「ねぇ」」って台詞がかぶって「「あっ、えっ、なに?」」ってなって、それから笑って、寂しくなって、とりあえず、なんとかまた会う口約束をして、帰ろうとした時に、やっぱり、まぁ、そうなって、この時はすでにお互いの恋人のことなんてどーでもよくなっていて、でもそれが恋っていうものでしょう?とか割と本気で思ったりもして、こんな奇跡が起こったこと、未だに信じられないけど、いつの間にか僕は、潰されてしまうくらい密度の高い幸福の中にいて、まるでドラマの主人公になったみたいだなー、とか考えてたら、当然お決まりの流れとしましては、再会して1年後の春、またあの校舎の前にふたりで立って、僕はありったけの幸福を込めた指輪を見せて、先輩、いや、彼女に永遠を誓うプロポーズをしたんだ。(完)

 

・・・。

 

なーんて、こんな妄想茶番劇のようにはいかず。

 

哀しいかな、現実はこうだ。

 

あの頃の僕にできたのは、当時流行っていたSNSモバゲータウン」で先輩と接触し、そこからメールで他愛のない会話をやりとりするという陰気なアプローチだけだった。僕以外にも同じ手法をとっている奴がいるだろうとは思っていたが、そこは別にどうでもよかった。メールを始めてから、実は中学が同じだったことや、意外と住んでる場所が近いことなどが判明し、僕は若干浮き足立っていた。ただそれだけのことで。これが夏休みに入った頃の話。しかし、この後すぐに僕は死ぬ。夏休みが終わる頃。何気ない会話の中で、先輩にはすでに大学生の彼氏(あっくん)がいることを知る。それを知った時は正直吐いた。吐いたけど。絶望だったけど。それでも、メールのやりとりはやめなかった。やめたくなかった。理由は、その時の僕は(今もだけど)相手に恋人がいることを知りながらアプローチしていく器用さはなかったし、だから、電話しよう!とか、遊びに行こう!とか絶対言えなくて。だから、何気ないメールだけが先輩との唯一のコミュニケーションだったし、情けないなと思いながらも、自分の気持ちをごまかすにはそうする他選択肢がなかった。そんな地獄の釜でぐつぐつ茹でられる日々を過ごしていたら、あっという間に夏が終わった。それから秋が来て冬が来て、春が来た。先輩が卒業してしまう春。先輩が就職して遠くに行ってしまう春。会って、想いを伝えるチャンスが、本当になくなってしまう春が来た。その時、なぜか僕はこんな言葉を思い出した。【どんな草食動物でも死の淵まで追い詰められれば、肉食獣をも凌駕する力を発揮することがある】と。まぁ要するに。僕の感情は、この時ついに、ブレイクしたのだ。「もう後がない!」「会うしかない!」「会って、想いを伝えるしかない!!」砕け散ることはわかっている。わかりきっている。だかしかし、絶対に勝てないとわかっていても、たとえどんなに自分が傷つく結果になろうとも、男には、僕には、決して逃げてはならない場面がある!!春一番が吹いたその日、16歳の僕は一点の曇りもなくそう思った。

 

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ここから先の話は、取り立てて書く必要もないだろう。

 

10年近く経った今でも、あの人の笑顔と誕生日だけは覚えてる。

 

今どこで何をしているのかは知らないし、知りたいとも思わない。

 

知ってしまえば、会ってしまえば。

 

あの日、僕にかけられた呪いが解けてしまうような気がするから。

 

成就しなかった初恋は今、僕の心臓の一部になっている。

 

あの人が好きだと言っていたJ-POP歌手の曲。

あの人が欲しいと言っていた鞄のブランド名。

あの人が楽しいと言っていた彼氏とのデートの話。

 

その全部を僕は無理やり噛みちぎって、喉の奥の奥まで押し込んだ。

 

死ぬまで、あの人を忘れないように。

 

これが僕の10代であり、青春と呼べる永遠時代。

 

これはもう恋などという俗物的なものではなくて。

 

まだ誰にも名付けられていない感情。

 

今までも、そしてこれからも。

 

未来永劫名もなきままに、10代を殺しいく感情。

 

僕は、それがこの世で一番の「美しい」だと思う。

 

みんなが欲しがって、絶対に手に入らない 永 遠 だと思う。

 

もう一度、あの時代を経験したいとは思わないけれど。

 

だからこそ、「だからこそ」って今言えるのだと思う。

 

僕は、それがとても嬉しい。(嘘)

 

この世界には、いろんな呪いが溢れている。

 

その中で【成就しなかった初恋】という名のそれは。

 

僕が、かつて10代を生きた証明になる。

 

呪いになる。

 

心臓になる。

 

当たり前じゃない当たり前になる。

 

マッチの火みたいに密かに燃えた、僕だけの永遠時代は。

 

僕だけが物語の主役となって、死ぬまで命に刻まれる碑。

 

どんな時でも「生きてたよ」って、本気で思える唯一無二だ。

 

僕はただ、今もどこかであの人が笑っていることだけを願う。

 

僕に青春を与えてくれて、永遠に解けない呪いをかけてくれた。

 

あの人に。

 

「     」

 

伝えたい言葉は、今はそれだけだ。

 

 

おしまい。