遠浅の死海。

文字の海に溺れて死にたい。幸福の国。

5年前。

“神様”と呼ばれた竜が北の空で、死んだ。

人々の欲望、希望。

食べきれなくなって、背負いきれなくなった。


その竜は、透き通るほど白く、美しい。

死んでも尚、美しい。


心臓が止まって、少しずつ灰になる。

雪が降り積もって、溶けてゆく。

内蔵と骨は、広く浅く、空を覆う。

折角の月見日和だけど、空を覆う。

地上の人々に、少しの雨を降らす。


『……ああ、今日は疲れた。』


それぞれの世界は、理解し合うことはない。

絵の具を混ぜても、望む色は出せない。

抗えない運命を、受け入れたって、もう。

神様は、もう、死んだ。


北の空は、寒いけど、星が綺麗だ。

月明かりも、ただただ心地いい。


目の前に拡がる地図を、踏む。

己の狭さと可笑しさを、知る。


イヤホンから取り込む、心の栄養。

効き目のない薬みたく、深くまで流れ込む。

深く、深く、流れ込む。


油性マジックで描かれたシナリオ。

消ゴムで消しても、消しカスが積もるだけ。

やがて、それが山となる。

白い消しゴムを磨り減らして、黒い山となる。


地上の景色は、そうして変わってゆく。

磨り減らして、いつかなくなって。

真っ黒な存在証明書だけが、残ってゆく。


理由とか意味とか、そんな薄いものじゃなくて。

ただ“そういうもの”だけが残ってゆく。

地味で、平坦で、真っ黒い、そういうものが。


“神様”と呼ばれる竜が北の空で、生まれた。

人々の欲望、希望。

生まれたての竜は、それらを貪り喰う。

己の本能のままに、貪り喰う。


その竜は、世界を壊すほど、醜い。

生きれば、生きるほど、醜い。


真っ赤な心臓が躍動し、脈を打つ。

マグマを吐き出し、全てを溶かす。

地上の人々の、核に訴えるように。


その竜は、月をも喰らう。

醜い体を、光で覆いたいから。


欲望と、希望と、月。

磨り減らして、積み上げる。


そこに在るだけの儚さと、尊さを。

磨り減らして、積み上げる。

“神様”と呼ばれた竜と、僕らの命。